第7章 君に負けたくない
閉会式のあとは、しばらく人の波に揉まれて、
私はそっと裏手の通路に抜け出した。
夕焼けが射す空の色は、どこまでも優しくて――
でも、私の中にある疲労は、簡単に癒えるものじゃなかった。
『……はぁ……』
静かに、壁にもたれる。
戦い抜いた誇りと、負けた悔しさと、
そして何より、誰にも言えない“使いすぎた個性”の後悔が、じわじわと胸を締めつけていた。
「お疲れさま、想花ちゃん」
突然、すぐ近くで声がした。
『……!?』
驚いて顔を上げたその先――
そこには、赤い翼を背にしたあのヒーローが、立っていた。
『……ホ、ホークス……!?』
目の前にある現実が、理解できなかった。
地元じゃ知らない人なんていない。
ずっとテレビの向こうにいた人が、なんで今、目の前に――?
「悪いね、急に。ちょっと会っておきたくてさ」
ホークスは気負わない笑みを浮かべながら、
どこかじっと、私の顔を見ていた。
『……え、あの、私、何か……?』
「ううん。君を見てたら、思い出しただけなんだ。昔のこと」
『……昔?』
「うん。あれは、ずっと昔。福岡のある高台……覚えてないよな」
私は言葉を失って、ただ首を傾げた。
『……ごめんなさい、私……福岡にはいたけど、記憶が……』
「そっか。そりゃそうだよな。あの頃の君は――」
ふと、彼の声がほんの少しだけ沈んだ。
「……ずっと泣いてた。」
『……』
なぜだろう。
彼の声に、心の奥底の“何か”が小さく軋んだ。
「それでも君は、生きてて、ちゃんと今ここにいる。……ヒーローを目指して」
ホークスの瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
そこには、どこか懐かしさと、強い想いが溶けていた。
「その姿を見たとき――あぁ、あの子だ、って思ったんだよ」
『……』
私はただ、息を飲んで立ち尽くしていた。
記憶はない。
けれど――
胸の奥に、確かに何かが、残っていた。
『……どうして、私に声をかけてくれたんですか』
そう問うと、ホークスはふっと、優しく目を細めた。
「理由なんて、いらないさ。……君が、あの時のままだったから」
そう言って、彼はひとつ、赤い羽根を残して空へと舞い上がった。
その羽根が風に乗って、私の手のひらにふわりと落ちてくる。
温かくて、切なくて――
でも、不思議と、前を向ける気がした。