第7章 君に負けたくない
1Aside
轟が放った巨大な氷の奔流が、フィールドを覆い尽くしたその瞬間。
会場全体の空気が、一瞬にして凍りついた。
その中心、白く輝く氷の中に、小さく動かない姿があった。
「……っ!」
誰かの息を呑む音が、まるで心臓の鼓動のように響き渡る。
「星野が……動かない……!? まさか……!?」
プレゼントマイクの声は震え、いつもの勢いは消えていた。
場内のざわめきも次第に止み、重い静寂が広がる。
審判が素早くマイクを手に取り、冷静に判定を下す。
「試合終了!勝者、轟焦凍!」
その言葉が放たれた瞬間、轟の表情が変わった。
険しく、痛みを抱えたような瞳。
そしてすぐに、氷の塊へと駆け寄る。
「星野……!」
その手は迷いもなく冷気を溶かし、凍りついた彼女の身体を包み込んでいく。
砕けていく氷の中から現れたのは、意識を失い、静かに倒れ込む彼女の姿だった。
破れた制服の袖に、残る氷の粒。
それでもその表情は、不思議と穏やかだった。
轟は何度も言葉を探し、そして呟いた。
「……馬鹿だな、ほんとに……」
けれど言葉にはならず、ただその額にそっと手を当てた。
その触れ方はまるで、壊れそうな大切なものを包み込むようで――
静かで、切なくて、深い愛情に満ちていた。
観客席のA組のみんなは、その姿を見て、息を殺した。
誰かが涙を堪える音、誰かが必死に言葉を探す声が交錯する。
「先生、急いで……!彼女が……」
「星野……限界だったんだね……」
切島は拳を握りしめて、何も言えずただ見つめている。
緑谷は目を伏せ、悔しさと痛みが交錯したまま、その場にいた。
そして爆豪は、スタンドの奥でひとり静かに立ち尽くしていた。
誰とも目を合わせず、視線は彼女が担架に乗せられる背中に釘付けだ。
静かな吐息。
拳を握り締める音が、氷の割れる音とともに会場に響く。
「……なんで、無理すんだよ。バカが……」
その声は低く、震え、胸の奥で叫んでいた。
届かない言葉に、焦りと苛立ち、そして切なさが溢れて。
誰も気づかない。
けれど、爆豪だけが、その背中の痛みを、覚悟を、知っていた。
担架で運ばれていく彼女の背中を見つめながら、
俺はその強さに、ただ圧倒されていた――。