第7章 君に負けたくない
保健室の中は、嘘みたいに静かだった。
午後の陽射しがやわらかく差し込んで、窓辺に落ちた光が、緑谷くんの包帯越しの腕をほのかに照らしている。
私はそっと足音を殺して、彼のベッドの横に膝をついた。
『……少しだけ。ほんの少しだけでいいから』
眠る彼の顔は、戦いの熱が抜けて、穏やかだった。
でも、体の奥に刻まれた痛みは、きっとまだ癒えていない。
リカバリーガールの治療が終わっても、あの衝撃と傷の深さは、そう簡単に消えるものじゃない。
私は、そっと彼の腕に手を添えた。
冷たくて硬かった肌が、触れた瞬間、微かに震える。
『……大丈夫、すぐに楽になるから』
個性を流し込むと、ふわりと光が広がっていく。
ほんのりとした温かさ。
それだけで、少しでも痛みが和らげば、それだけでいい。
『……ほんとは、キスすればもっと早く治せるんだけどね』
唇まで届いた言葉は、そっと胸の奥で折りたたんだ。
――君には、それは必要ない。
きっと、されても困るし、悩ませてしまうだけ。
ふと、爆豪くんの顔が浮かぶ。
あの真っ直ぐで、不器用で、でも誰よりも優しいまなざし。
『……ううん、違う』
これは私が決めたこと。
誰のためでもない、私の“選択”だ。
彼の表情が少しだけほぐれて、息遣いが深く、静かになる。
その変化に、ほっと胸を撫で下ろした。
『おつかれさま、緑谷くん』
私は静かに手を離し、立ち上がる。
癒されたのは、彼の傷だけじゃなかった。
もしかしたら、ほんの少しだけ――私の心も。
ドアノブに手をかけて振り返ると、彼はまだ眠ったままだった。
そのまま、音を立てずに保健室を後にする。
私はきっと、また自分をすり減らすんだろうな。
それでも――それが私の「ヒーローのかたち」だから。