第7章 君に負けたくない
試合の熱がまだ身体に残っていた。
跳ねるような鼓動も、浮ついた気持ちも、全部が私の中で静かに渦を巻いている。
そんなまま、私はひとり、観客席へと向かっていた。
遠くから聞こえる、三奈ちゃんと青山くんの試合開始のアナウンス。
だけど、私はふと、足を止めた。
通路の先。
そこにいたのは、相澤先生だった。
「……星野か」
暗がりの中、変わらぬ眠たげな目で、静かに私を見ていた。
「……雰囲気、少し変わったな」
ぽつんと落とされたその言葉が、胸の奥に波紋のように広がる。
私は、ゆっくりと息を吸って、顔を上げた。
『……私、決めたんです』
ほんの少しだけ震えながら、でもしっかりと、言葉を置く。
『もう逃げないって。……隠れるのも、やめようって』
恐れも迷いも、まだゼロじゃない。
でも、今の私はもう、目を背ける理由を持っていない。
言葉の先を、静かに見つめていた先生の表情が、一瞬だけ揺れた気がした。
「……そうか」
それだけだった。
でも、たった一言に込められた、まっすぐな肯定。
深入りしすぎない、けれどちゃんと見てくれている優しさ。
その静かなまなざしに、胸がじんわりと温かくなる。
誰にも気づかれないようなやりとりだったけど、
私にとっては、きっと忘れられない瞬間だった。
遠くでプレゼントマイクの声が響く。
「さあ!始まりましたァァ!爆豪勝己 VS 麗日お茶子~~!!」
私はそっと頭を下げて、また歩き出す。
もう、ためらわない足取りで。
背中に感じたまなざしを胸に抱いて、私は心の中でそっと呟いた。
『……大丈夫。もう私は、自分の足で立ってるから』
それは、誰にも届かない、小さな決意の声。
でも、ちゃんと私の中に残り続ける。強さの証として。