第7章 君に負けたくない

――第1試合、開始直前。

アナウンスがスタジアムに高らかに響く。
土俵に立つのは、緑谷くんと……心操人使。

私はスタンド席から、その光景を固唾を呑んで見守っていた。

『……緑谷くん、大丈夫かな』

肩に力が入る。
心操くんの個性は見た目じゃ何もわからない。でも、ただの普通科じゃない――それだけは直感で分かってた。

隣のお茶子ちゃんは不安そうに唇を噛み、常闇くんは静かに目を伏せていた。
爆豪くんは腕を組んで、なぜか不機嫌そうに下を見ていて。

「なぁ、あいつ……緑谷に話しかけてる」

轟くんの声に反応して、私も視線を戻す。

心操くんが、何かを口にしていた。

――その瞬間。緑谷くんの動きが止まった。

『……えっ？』

ふらりと歩き出す。
まるで意識を奪われたように――何の抵抗もなく、土俵の外へ。

「まずい……っ！」

スタジアムがざわつき、プレゼント・マイクが声を張り上げた。

「オイオイ！？ 何が起きてんだ、緑谷出久〜〜！？
これはメンタル的なアレか、それとも――」

「……心操の個性だな。おそらく、会話をトリガーにする洗脳系」

相澤先生の冷静な声に、私は息を呑んだ。

『……やばい、このままじゃ――』

けれど、その足が土俵の端でピタリと止まる。

ガンッ！！

緑谷くんの足が、土俵を強く打った。

「！？！？」

瞳に、光が戻る。

『……戻った……！！』

彼は振り返り、まっすぐに心操くんを見据えた。

そしてそのまま――

ドンッ！

心操くんの胸を押し、土俵の外へ。

ホイッスルが響いた。

スタジアムがざわめく中、心操くんは小さく笑った。

「……なるほど。“ヒーロー科”ってのは、
選ばれた人間の集まりなんだな」

あきらめと悔しさが混じる声が、胸にずしんと落ちた。

（……この人、本気で、ここを目指してたんだ）

だからこそ、あの一瞬の隙を突いた。

『……緑谷くん、すごいよ』

彼は、たった一人で、見えない敵に打ち勝った。
その背中は、さっきよりもずっと大きく見えた。