第3章 「煙と沈黙のあいだ」
「泊っていくならご飯作りますよ。余り物で雑炊とかで良ければすぐ作れますけど、食べますか?」
と私が提案し、「食べる。何から何までほんまありがとな。」と柔らかい笑顔で彼が言う。
そして雑炊を食べ終えたあと、ふたりは自然と同じ場所に並んで座っていた。テレビもつけていないリビング。時計の針が、ただ静かに進んでいく。何かが、ふっと、胸の奥をかすめた。
「……なぁ」
センラが、小さな声で口を開いた。けれど、その先の言葉はなかった。私も返事をしなかった。いや——できなかった。何かを聞くのが、怖かった。
そっと立ち上がり、ベランダの扉を開ける。まだ雨は降っているけれど、屋根のある場所に出て、ポケットの中のタバコを取り出した。
……いつもの様にタバコに火をつける。
でも、その煙がどこへ行くかなんて、まるで気にも留めなかった。
雨の音。夜の匂い。湿った空気。
タバコの先がいつのまにか燃え尽きていたことにも、私は気づいていなかった。火が消えて、ただフィルターだけが指に残っている。
(……なにやってんだろ)
胸が、チク、と痛んだ。
——今日、出会ったばかりの人に。
どうしてこんなに心がざわつくんだろう。
(……なんで、こんなに気にしてるんだろ)
感情が、思考が、心のどこかでぐるぐると渦巻いていた。
(何を期待してたんだ、私)
そんな自分に気づいて、少しだけ自嘲気味に笑った。
けれど、あの沈黙の“なぁ”の続きを、今も私は、どこかで待ってしまっていた。
タバコの吸い殻を灰皿に落とし、リビングに戻る。
………———静寂。
私は、沈黙をやわらげるように言葉を落とした。
「……テレビ、つけましょうか?」
ふいに言うと、センラは少し驚いたようにこちらを見た。そして、首を横に振る。
「……もうちょっと、こうしててもええかな」
その“こうして”が何を指しているのか、私は訊かなかった。ただ頷いた。時計をちらりと見る。
「……もうこんな時間か……」
その独り言のような呟きに、センラがまた、ぽつりと口を開いた。