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『濡れた煙草と、声のぬくもり』snr

第7章 あの日と、同じ煙


朝になっても、雨は止まなかった。
むしろ、さっきよりも激しく降っている気がする。

窓を開けると、湿気を孕んだ熱気が一気に流れ込んできた。
ベランダの床には水が跳ね、手すりを叩く雨音が一定のリズムで響いている。

足元を濡らさないように気をつけながら外に出る。
ふと、既視感のようなものが胸をかすめた。

この匂い、空気、雨の重さ。
いつか、同じような朝があった気がする。

タバコに火をつける。
一口目の煙が喉を通り過ぎたとき、何かが静かにほどけていった。

あの夜のことを、ふと思い出す。
雨が降っていて、心の中まで湿っていて。
名前も知らない彼と、見えないものを確かめ合った夜。

確か――朝が来る頃には、あの雨は静かに止んでいた。
そのことを、なぜか今、思い出している。

あれから、いくつかの季節が過ぎた。
時間は確かに進んでいて、私たちも少しだけ変わった。
けれど、変わらないものも、ちゃんとここにある気がする。

あの夜、私は“センラさん”って呼んだ。
本当の名前じゃないと、今では知っている。
……でも今日は、どうしても、あの頃のままで呼びたかった。

タバコを灰皿に押しつけて、そっと部屋へ戻る。

ベッドでは、あの頃と変わらない、キレイな顔で幸せそうに眠っていて、静かに寝息を立てている。
その音を聞いていると、自然と頬がゆるむ。

掛け布団を整え、髪に軽く手を添えて、少しだけ息を吸う。

静かに私は微笑んで――

「おはよう。……センラさん」

…これが私たちの始まりから今を描いた物語。

そして――…これからも続く物語。
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