第2章 「ぬくもりと沈黙の距離」
しばらくして、私は髪を乾かしながらリビングに戻ってきた。 彼は既にソファに座っていて、少しだけ気まずそうに、それでもどこか安心したような表情でこちらを見ていた。
彼が先に口を開く。
「……あの、名前、聞いてもええかな?」
私は少し驚いたように彼を見た。 けれどその表情はどこかやさしくて、気まずさを和らげようとしてくれて
いるように感じられた。
「……、です」
彼はその名を小さく口にして、少し頷いた。
「俺、センラって言います」
「……せ、んら???」
私は思わず眉をひそめた。変わった名前。でも、どこかで聞いたような気もする。
彼は少し笑って、頭を掻いた。
「……実は、浦島坂田船ってグループで活動してまして」
その言葉に、記憶の底が刺激された。
「えぇ?!……あっ、あの……学生のときの友達が……好きだったかも。あんまり詳しくはないけど、名前は聞いたことあります……」
私が思い出すように言うと、彼はちょっとだけ照れくさそうに笑った。
「そっか……なんか、嬉しいような、恥ずかしいような……」
けれど次の瞬間、彼は少しだけ真剣な表情に変わる。
「……だから、このこと、あんまり他の人には……話さないでもらえると、助かるというか……ほんまにすんません」
その声には、本当に申し訳なさそうな色が混じっていた。
「大丈夫ですよ。芸能活動って、そういうものなんでしょう? 私、言うつもりもありませんし」
そう言うと、彼の表情にふっと安堵の色が差す。
「……ありがとうございます。ほんまに、ありがとう」
だけどその安堵の裏側に、どこか後ろめたさのような影が、わずかに残っているようにも見えた。