第2章 「ぬくもりと沈黙の距離」
玄関の鍵を開けてドアを押し込むと、冷えた空気と一緒に、二人の濡れた服からしずくが床に落ちた。
彼は少し申し訳なさそうに「……ほんまにすんません」と言って、小さく頭を下げる。
私は「大丈夫です」とだけ返して靴を脱ぎかけたところで、ふと彼の様子に気づいた。
「すみません、ちょっとだけそのまま玄関で待っててもらえますか?」
そう言い添えてから、自分の動作だけに集中するようにリビングへ向かった。
部屋の照明をつけると、白い光が静かに空間を満たす。
湿気で重たくなった空気の中、私はキッチンへ逃げるように向かい、グラスに水を注ぎながら、心の音が聞こえそうなくらい鼓動が速くなっているのを感じていた。
隣の棚からタオルを一枚取り、水と一緒に手に持つ。 水の冷たさで少しだけ呼吸が整った気がして、タオルとグラスを持ったまま、再び玄関に向かって歩き出す。
玄関に戻ると、靴を脱ぎかけたまま、きょとんとしたような表情でこちらを見ていた彼に気づいた。
「どうぞ、靴も脱いで上がってください」 そう声をかけながら、タオルと水を差し出す。 彼は少し照れたようにそれを受け取り、ふわりと笑った。
「……あったかいっすね」
その声が、また少しだけ心を緩めた。
「服、乾かしたほうがいいですよね。お互い、けっこうびしょびしょなんで」
そう言いながら、私はクローゼットからオーバーサイズのスウェットを取り出して彼に差し出した。
「これ、だいぶ大きめなんで……よかったら、使ってください」
「え、いいんですか……ありがとうございます」
彼は少し驚きながらも、素直に受け取った。
「あ、廊下のドア閉めとくんで……玄関でそのまま着替えて大丈夫ですよ」
「着替え終わったら、そのまま入ってきちゃって大丈夫なんで」
彼が「了解っす」と頷くのを見届けてから、私はリビングのドアを閉めた。