第5章 「静けさの中で、滲む思いと触れそうな距離」
「……なぁ」
センラが再び、小さく息を呑んだあと、ぽつりと続ける。
「もし、今日が……ただの偶然やなかったとしたら……それ、信じてもええんかな」
「……え?」
「……俺、今日に会ってから……ずっと、どっか苦しくて。でも、それ以上に……離れたくないって思ってもうてる」
胸がぎゅうっと締め付けられるような言葉。 私の心臓はもう、音が漏れそうなほど高鳴っていた。
「俺のこと、もうちょっと……知ってみたいって、思ってくれたりする?」
その問いに、言葉がすぐには出てこなかった。 でも、確かに頷いた。
するとセンラが、そっと私の手を取る。 ゆっくりと、指を絡めながら——
「……この距離、縮めてええんやんな?」
私が小さく「うん」と応えると、 センラは微笑んで、そっと顔を近づけてきた。
ふたりの唇が、そっと、重なる。
一瞬だけ、時が止まったように感じた。 けれど、確かに感じた温度が、すべてを物語っていた。
——それは、優しくて、でもどこか切ないキスだった。
センラの手が、私の頬に触れる。 親指でそっと撫でるように、頬をなぞってくる。
「……ん、恥ずかしい……」
「そんなん言われたら、もっと見たなるやん」
そう囁かれて、思わず顔を逸らそうとした。 けれど、センラの手がそっと顎を支え、視線を逃させてくれない。
「……なんで、そんな目で見るんですか」
「……キレイやから。俺の目には、それしか見えてへん」
もう、どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか分からない。 けれど、その言葉に、胸の奥がじんわりと温まる。
「なぁ、……」
再び名前を呼ばれるたび、心が震える。
「……このまま、もうちょっとだけ、こうしててもええ?」
頷く代わりに、私はそっとセンラの肩に寄り添った。
ふたりの鼓動が重なる距離。 雨音は、まだ静かに夜を包んでいた。