第5章 「静けさの中で、滲む思いと触れそうな距離」
「……こんな夜やから、ちょっとだけ……甘えてもええ?」
彼の目は、どこか不安げで、それでもまっすぐにこちらを見ている。
「……ちょっとだけ、ですよ?」
思わずそう返してしまった自分に、どこか笑ってしまいそうになる。 でも、心の奥では、その言葉に少しの期待を込めていた。
センラがそっと、私の肩に額を寄せてくる。 肩越しに伝わる温もりと重さ。 こんなにも近いのに、まだどこか触れるのが怖いような、そんな距離。
「……落ち着くわ。の匂い。タバコの甘い残り香も混じって……なんか、安心する」
「……そんなの、ずるいですよ」
「ずるい、かな」
微かに笑うセンラの声が、肌をなぞる。
ふたりの距離はもう、あと一息で重なってしまいそうなほど近くて。 でも、まだ重ならない。