第16章 勝負服
『そう言えば、私レースで着順とか作戦以外意識したことなかったな。みんな何考えながら走ってんだろ……』
ペンをくるくると回しながら独り言のように呟く。
『誰よりも速く……は大前提だよね。たとえば風のようにとか、圧倒的に力強くとか? 全ての観客の視線を奪いたいとか……』
ふと、ホマレの脳裏にある情景が蘇る。
練習時のゴール前、レース中のスタンド席、舞台下のフロア。
思えば自分はいつも神座を意識していた。自分の姿を追っている、神座の視線を。
その事を自覚し、ホマレは思わず顔を上げて、すぐそばに立つ神座を見た。
『……』
「何か掴めましたか?」
神座がホマレの表情の変化を見ながら訊く。
ホマレは目が合った瞬間、気まずげに逸らした。
『…………んーっと、掴めたは掴めたけど、上手く言葉にできない……かも』
片眉を下げながらホマレは誤魔化すようにそう言う。
『(いや言語化はできるけど……本人に言えるわけない)』
担当トレーナーへの執着心を自らさらけ出すなんて大事故にしかならないだろう。
この件に関しては神座を頼れない。コンセプトだの象徴だのは自分の中で噛み砕いて出力しないとダメだ。
『とりあえず……2日間あるからそれまでに案を考えとくね』
「ええ、わかりました。生活やトレーニングに支障が出ない範疇でお願いします。あと勝負服デザイナーのピックアップは僕の方でやっておく予定ですが、目当てのデザイナーがいたりはしませんか?」
『ううん、トレーナーに任せる。ありがとう』
それから多少の話し合いをした後、その日は解散になった。
寮の消灯前、スマホで色んな衣装の画像を検索しながら参考になりそうなものを見ていく。
色やシルエットの希望はいくつか出せたものの、コンセプトの方はあまり集中して考えられなかった。
『(神座トレーナーだけはいつでも絶対に私だけを見ていて、っていう願望……しっくり来ちゃったけど、やっぱり知られたくなさすぎるな)』
問題はどうシンボル化させるかだった。
神座の手も借りずに良い感じに落とし込めるんだろうか。