第16章 勝負服
10月の終わり頃。
キトウホマレは学園内のジムで過ごしていた。
神座の言いつけ通りランニングマシンでスパート練習に打ち込むこと数十分。
開始時には神座がいたものの、会議があると言ってしばらく前に離席してしまっていた。
『(見てくれる人がいないとやっぱちょっと寂しいかも……。他の子たちのトレーナーも皆いないや)』
モーターの音と走る靴音、金属が揺れる音ばかりが聴こえている。
ふと、少し離れたところで鉄のひしゃげたような音がした。
「もっと硬い鉄球はないのかしら? 全然負荷にならないわ」
見ると、ジェンティルドンナがボーリング程の大きさの鉄球をビー玉くらいのサイズに圧縮している姿が目に入った。
ジムに用意してある様々な鉄球をまるで紙を丸めるようにグシャリと潰し、やがて手応えのなさに呆れながらその場を去っていった。
『わぁ……!すごい……』
ジェンティルドンナが出ていってすぐ、ホマレはランニングマシンから降りて鉄球が入れてある箱に近付いた。
中を覗き込むと、ジェンティルドンナに手のひらでコロコロされた後の黒いボールがいくつもあるのが見える。
拾い上げようと1つを摘まむと、思ったように動かなかった。玉の大きさに反してあり得ないほどの重量を感じる。
当たり前だった。大きさが変わっても質量に変化はない。
まるでミニカーサイズの1トンの車を指2本で持ち上げようとしている気分だ。
元はかなり大きな鉄球だったんだろう。
諦めて手を離し、まだ手が付けられていないソフトボールサイズの鉄球を掴み上げた。
『よーし、私もやってみよ』
先ほどのジェンティルドンナのように鉄球を圧縮しようと両手に力を込める。
『ふっ……んぐぐ……!』
ビクともしない。鉄球の大きさが変わるより先に自分の手首が砕けそうだ。
涼しげな顔で撫でるように鉄球を握り潰していたジェンティルドンナの姿が白昼夢だったのではと思えてくる。
『私だって……私だって……!』
同じウマ娘であるからには鉄球の1つや2つ圧縮できなければ。
ホマレは更に力を加える。
両手で包み込むように、全体から圧力をかけた。