第1章 崖っぷち
それに気が付いて、ホマレは数日前に感じた視線を思い出した。
『ずっと見てた……?』
「はい。僕の目的との相性が良さそうなウマ娘かどうか見定めていました。あなたの未熟さと走ることへのひた向きな姿勢、それに地道な研鑽ができる素質はとても都合がいい」
無機質な口調でそう平然と返す。
「才能も期待もゼロのウマ娘がどこまで進めるのか。最悪の素材で最高の仕上がりを目指し、本物の優駿ににどれだけ近付けるか……僕はそれが見たいだけです」
神座はトレーナーとしての成功も名声もどうでもよくて、ただ"試してみたいから"という理由だけでこんな提案をしている。
『(都合がいい……か)』
不出来で、愚直で、辛抱強い。神座の試みのための条件を満たすキトウホマレという最適な"素材"。
"あり得ない未来"を見るための道具かつ手段。
そういう存在として求められている。
『(使い潰されるだけかもしれない……でも、そんな単純な話じゃないはず)』
ウマ娘と担当トレーナーは二人三脚だ。万が一ホマレが勝ち上がれば神座の株は上がり、転落すれば神座のキャリアは台無しになる。
導きになるか道連れになるかは、神座次第でもありホマレ次第でもあった。
『(一体、どこまで本気なの……?)』
真意を探ろうにも、相変わらずの無表情だ。
神座の提案は通常のスカウトよりずっと歪んでいる。だけど断ったらこの先もずっと1人きりで頑張り続けるしかないかもしれない。
応えるべきか、断るべきか……あまりにも悩ましい。
『……』
そのとき、夕暮れの陽光が部屋に差し込んだ。
神座の顔が淡く照らされる。
その無感情で真っ直ぐな目は、自分だけをただ真摯に見つめていた。
「僕はあなたを選ぶと決めました。……あとは、あなたが決めてください」
神座の確かな声色がこちらの迷いを静かに揺らす。
目的に疑問や不満はあるものの、少なくとも神座は弱いウマ娘なら誰でもよかったというわけじゃない。それだけは確信できる。
ホマレはそれが少し……いや、すごく嬉しかった。
『もう……どうなったって知らないですからね……!? 3年間、よろしくお願いします!!』