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ラストラインを越えて

第1章 崖っぷち


侮辱的な評価を聞かされるために神座の元を訪れたわけじゃない。
それでもホマレが大人しく座ったまま聞き返すのは、すぐ目の前にある神座の顔がとても真剣なものに見えたからだった。
「……言ったでしょう。僕の都合に合うからだと」
ポツリと呟くように神座が言う。
「必要なのは弱さだけじゃありません。自分で組んだハードなトレーニングを日々熱心にこなす勤勉さや、敗けが確定しているのに最後まで全力で走りきる粘り強さ。それだけのものを持ちながら、あなたはまだ結果を出せていない。――そこに意味があるんです」
ホマレは返す言葉を見失ったまま、じっと神座を見つめた。
「怠慢なわけでも根性がないわけでもないのに強くならない……そんな伸び代のないウマ娘を、重賞レースで他の大勢の名ウマ娘たちを蹴散らせるような優駿に育てるにはどうするべきか……? それを考え実践する方が、元から強いウマ娘を育てるよりもずっと僕にとって有意義なんです」
淡々と続ける声はどこまでも落ち着いているのに、その口調の奥にはなんとも言いがたい高揚を感じた。
『あっ.......ありえない……!』
あまりに突飛な理由にホマレは思わず椅子から立ち上がり、数歩後ずさる。
『私のせいで大事なキャリアが吹っ飛ぶかもしれないんですよ? しかも人のことを実験体みたいに……! こんな博打みたいなノリで担当にしたいだなんて正気ですか!?』
心が追いつかない。思考も整理できない。ホマレは目の前の男の発言が信じられなかった。
担当にならないかという勧誘の内容はあまりにも実験的で独善的で、まるでシミュレーションゲームで遊ぶプレイヤーであるかのような言い草だ。
「至って正気です。あなたのトレーニングや走る姿を数週間観察して熟考した末の判断なのでお気になさらず」
言いながら神座は窓の外へ目を向けた。ここからはトレーニング用のコースがよく見える。
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