第14章 気晴らし
神座の提案にホマレは思わず片眉を下げながら首を傾げた。
常に真面目なことしか言わない神座が自分に子供の遊びを勧めている状況をすんなりと呑み込めなかった。
『鬼ごっこって、普通の鬼ごっこ?』
「ええ。あなたが鬼です」
言いながら、神座は足首をほぐすように靴先を床で少し回した。
『えっ、トレーナーが逃げるんだ。ウマ娘に勝てると思ってるの?』
ウマ娘と人間。脚の速さであれば比べるまでもなくウマ娘の方が速い。
「物は試しです。ちょっとした息抜きですが手加減は必要ありませんよ」
そう言って走り出す神座を少し珍しく思いながら、ホマレはごく手加減した速さで追いかける。
『待て~っ』
普通の人間の脚の速さなんてたかが知れている。神座も遊びのつもりなのだし、ほんの少し焦らしてから捕まえるのが正解だろう。
ホマレは神座の挑発的な走りを微笑ましく思いながら追いかけるふりをした。
『よしっ、捕まえたー……ッ!?』
抱き締めるような飛びかかり方でホマレは神座に腕を伸ばした。しかし腕は空を切り、受け止めるものがなくなった体が前のめりに崩れる。
ホマレは転倒しないよう慌てて踏み留まらせた。
一瞬の混乱がホマレを襲う。
『と、トレーナーが消えた!』
確かに目の前にいたはずなのに、すり抜けたように居なくなってしまった。
「ここにいますよ」
背後から聞こえる声に振り向く。
神座はいつの間にかホマレの死角に立っていた。
まるで最初からそこにいたかのように、微動だにせず。
『なんで避けたのぉ……?』
「鬼ごっこだからです。触れられたら負け……つまり触れられない限り負けではない」
神座が長い黒髪を後ろに流しながら言う。
「服もしくは肌に少しでも届けばあなたの勝ちです。僕の動きをよく読み、どうすれば相手を翻弄できるか考えながら手を伸ばしなさい」
『髪は?』
「さすがにハンデが過ぎるので無効です。では続けましょうか」
また駆け出した神座を今度はほんの少し脚に力を込めて追う。