第14章 気晴らし
9月の下旬、雨の日の体育館。
台風12号が明日には関東に最接近するらしく、大事を取ってかトレーニングをしているウマ娘はそこまで多くない。
走る足音や靴裏の摩擦音、そして外から聞こえる雨音が、密度の低い体育館内でゆるやかに反響している。
キトウホマレは全体の6分の1もある広々としたスペースを持て余しながらラダートレーニングを行っていた。
床に敷かれた黄色いラダーのマス目を一定のリズムで踏んでいく。
バックペダルやツイストステップなど、主に体幹やスピードに関するトレーニングに取り組んでいた。
「……集中力が下がってきましたね」
神座は横移動しているホマレにそう声をかける。
どうにも動きが鈍い。
現在行っているサイドステップの脚捌きは、まるで8歳児が踊るマイムマイムのようだ。
敏捷性を高めるための動きとはとても言い難い。
疲れている様子もないのに、回数を重ねるごとに動作が緩慢になってしまっている。
『なんか、やる気出ない……全然脚に力入らない』
「そうですか。原因は自分で把握していますか?」
『分かんない。頑張るぞーっては思ってるんだけど』
普段より少し気だるげな口調でホマレが答える。
「気圧が下がっているせいかもしれませんね。早めに切り上げますか?」
倦怠感が体全体から滲んでいるホマレを見て神座が聞く。
台風の接近による気圧の変化で体調を崩す生徒も少なくはない。
しかしホマレはきょとんとした顔で首を横に振った。
『えっ、まだ帰りたくない。せっかく体育館も空いてるし』
やる気はないけど止めたくはないらしい。
体調不良なのに無理をして言っているというわけでも無さそうだ。
身体面に問題がないなら、単にラダーに飽きているだけの可能性が高い。
「……では別のことをしてみましょうか。気分転換になるような運動を」
一拍置いて神座が言った。
「僕と鬼ごっこをしましょう」
『鬼……?』