第1章 崖っぷち
「けれど最初から勝てるような強い駒なら、誰が育てても勝ちます。僕である必要がない。そんな予定調和に興味はありません。当たり前すぎて、ツマラナイ」
『えぇ……?』
基準がおかしい。
正常な判断ができる人間なら、筋骨のたくましい肉体と明晰な頭脳を持つ脚の速いウマ娘を優先的に選ぶはずだ。
自分はそうじゃない。身長も低く小柄で、それに何の強みもない。
この人は本当にトレーナーなんだろうか。自身をトレーナーだと思い込んで学園に忍び込んだ狂人じゃなかろうか。
ホマレはこのまま椅子から立ち上がって退室してしまおうかと迷った。
「あなたが僕との契約を躊躇しているのは"どうせ途中で見捨てられるんじゃないか"という不安が原因でしょう」
『あ……それもあります』
一転して的を得たことを言われ、ホマレは一旦退室を保留にする。
神座の目的が何であれ、どうしても付きまとう可能性はそこにあった。
期待外れによる契約解除。いくら優秀なトレーナーから指導を受けたとしても、ウマ娘がそれに応えられないなら結果は伴わない。
ホマレはすでに本格化を迎えているのに、神座の言う通り何もかもが平均以下だと自覚していた。それだけに、不安が拭えなかった。
「まあ、あなたにとっては当然の懸念ですね。でも心配はいりません。僕があなたに求めているのは"現状のあなたがどうしようもないくらい弱く、そして誰にも認知されていない存在だという事実"です」
『(失礼……!)』
しかし本当のことではある。現に否定する気すら起きない。
ホマレは怪訝な顔をしながら神座を見つめることしかできなかった。
神座はそんなホマレを馬鹿にするでも見下すでもなく、ただ静かに目線を合わせる。
「キトウホマレ……僕があなたを選んだのは、1着どころか掲示板に載るかすら怪しい、先のないどん底のウマ娘だからなんですよ」
神座の言葉がズキリと胸に突き刺さる。
『ど、どん底って……! そりゃ確かに私は全然速く走れないけど、でも……だったら何で私をここに呼んだんですか。どうして私の弱さが必要なんですか』