第13章 転向
9月上旬、中山レース場。強い西日がコースに照りつけている。
『わあ……すごい人』
グランプリロードを進みながらキトウホマレは屋外スタンドに目を向けた。
『(さすが重賞……注目度がオープンレースとは全然違う)』
GⅢ紫苑ステークス。芝と追い込みの転向を披露する初の舞台が重賞レースになるとは思ってもみなかった。
皐月賞で見た程ではないものの、自分の出たレースの中では今までで一番多い人口密度だ。
はなみちに面した柵にも結構な人がいる。
カメラを向けたり手を振ったりと、思い思いに出走するウマ娘たちの登場を眺めているようだ。
少し緊張しながらスタンド前を通り過ぎ、ゲート裏に辿り着く。
『(ずっと走りたかった芝のレース……良い結果を残して、神座トレーナーから「やっぱりダートに戻す」って言われないようにしなきゃ)』
ホマレは自身の胴に巻かれた緑色のゼッケンの位置を直しながらそう意気込む。
せっかくもらった機会だ。不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。
視界の左側に見えるスタンドに、こちらを見つめる神座の姿を想像し気を引き締めた。
昼下がりと夕暮れの間の時間。陽の光が目に映る全てをギラギラと黄色く照らしている。
ホマレは眩しさに目を細め、静かに息を吐いた。
やがて発走時間が近づき、ゲート係に促されながら自分の枠に入る。
滞りなくウマ娘たちがゲートに収まっていき、13回目の扉が閉まる金属音を聴いたところでホマレは走る構えを取った。
『(大丈夫、中山の坂道が私の味方になってくれる……はず)』
スタンドからのざわめきが一瞬止んだ。周囲の緊張が高まったのを感じ、前に出している左脚で芝を固く踏みしめる。
『(開く!)』
ガチャン、と音が響くと同時にホマレはゲートから飛び出した。
他のウマ娘たちも遅れはなく、横一線のスタートを切る。
『(まずは後方で待機)』
筋書き通りに追い込みの位置を取った。
中団のウマ娘たちの後ろにつけてスタンド前を駆け抜けていく。
中山レース場はダートと同様に芝も高低差がひどい。
急坂を登りながらコーナーを曲がって、バ群は向こう正面の長い坂に突入した。
『(脚が勝手に前に出る……!)』
程よく乾いた芝の反発が強く、弾むような軽い走り心地が下り坂になったことで更に加速が促される。