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ラストラインを越えて

第12章 夏合宿


8月の終盤。すっかり日は落ちて、浜辺の熱も引いた時間帯。
辺りは薄暗く、少し離れた宿舎や街頭の灯りがぼんやりと視界に浮かんでいる。
『もーちょっと!あと少しだけ走らせてください!』
楽しげな声が波打ち際を走る。
何度目の「あと少し」だろうか。
へとへとになりながら砂を蹴るホマレに神座が言った。
「十分です。いい加減戻りましょう」
周囲に人影は見えない。
ホマレ以外の全員がすでにトレーニングを引き上げていた。
『だってさ、今夜が最後だし……もっと鍛えときたくて!』
「予定していた1日分の運動量はもう超えています。無理をすれば疲労が長引いたり筋を痛めたり、体調不良の元になるので逆効果です。帰りましょう」
これ以上続けても良いことはない。
終わるよう神座が説得すると、ホマレは立ち止まって不満そうに振り返った。
『……まだ大丈夫』
「大丈夫じゃありません。自分の限界くらい分かるでしょう?」
『もっと走れるのに~……』
言葉とは裏腹に、声からも体勢からも疲れが見て取れる。
さっきの走りだって、まるで力が入っていなかった。
「最近はやけに遅くまで残りたがりますね。別に焦るようなこともないでしょうに」
宿舎の方に向かってトボトボ歩き始めたホマレに神座が言う。
『そりゃあ海って楽しいし。あーあ、トレセンの近くにこんな浜辺があったらいいのにな』
独り言のように言いながら、ホマレは波を蹴って飛沫を上げた。
冷たい海水が脚についた砂粒を流していく。
「その楽しさのせいで、やめ時を見誤っていますね」
神座が淡々と、連日続いた帰る帰らないの応酬に対して苦言を呈する。
『たしかに。けど……海だけのせいってわけでもなくって』
ホマレは足を止め、夜の海を見つめた。
『私ね、最近走ること自体がすっごく楽しいんです。レースはもちろん、トレーニングも。ずーっと体鍛えて走って……疲れるけど、毎日が充実してるっていうか』
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