第12章 夏合宿
翌日、宿舎の前。
『トレーナー! これ持ってきました~』
キトウホマレが麦わら帽子を両手に掲げながら駆け寄ってきた。
薄桃色のリボンが巻かれ、ウマ耳用の袋布がついている。
「被りながらのトレーニングはできませんよ」
『私じゃなくて、トレーナーの!』
そう言いながらホマレは背伸びをして神座の頭に麦わら帽子を乗せた。
「必要ありません」
『あります! 私の体調が悪くなったらトレーナーが気付いてくれるけどさ、トレーナーの気分が悪くなったとき誰も気付けないですもん』
「自分の管理にも十分気を配ります。あなたが心配することは何もありません」
言いながら麦わら帽子を外そうとする。
ヘマをしない神座のことだからその通りなのだろう。けれどホマレはいつもより強引に迫る。
『ダメー。そう言ってる人ほど熱中症になるんですからね』
砂浜は日陰が少ないし、照り返しのせいで常に高温に晒される。
いくら神座が気を付けていようと心配だった。
『トレーナーが倒れるかもって、私が気になってトレーニング集中にできなくなっちゃうかもだから被っててください』
食い下がるホマレに神座が溜め息を吐く。
「……わかりました。でしたら被りましょう」
それでホマレのパフォーマンスが下がらずに済むなら、と神座は大人しく帽子をそのままにした。
「明日からは自分で用意しますので、もう持ってこなくて大丈夫です」
『ほんと? 約束ですよ!』
そう言ってホマレは安堵した様子で微笑んだ。
正午前、ホマレはタイヤ引きに専念していた。
身の丈よりも大きなタイヤを縄で括りつけ、少しずつ砂浜を前進している。
「カっフェ~。ここにいたのか、探したよ。その帽子どうしたんだい?」
特訓中のホマレを見ている神座の背後で、誰かがそう言いながら近付いてきた。
特に反応せずホマレの観察を続ける神座の顔を覗き込んだのはアグネスタキオンだった。
「ん……?なぁんだ、神座トレーナーじゃないか」
長い黒髪で見間違えたらしい。
どうりで背が高いと思った、と言いながらアグネスタキオンが手に持った小瓶をゆらゆらと揺らした。