第1章 崖っぷち
放課後、キトウホマレは神座のトレーナー室の前に立っていた。
『…………』
来いと言われたから来たものの、入るのが躊躇われる。
落ちこぼれを担当にしたいその意図が分からなくて納得いかない。それを訊くためにこのトレーナー室に入らなければいけないのも億劫だ。
まごついていると、目の前の引き戸がガラリと開けられ神座が声をかけてきた。
「来ましたか。どうぞ中へ」
『はい……』
正直怖かった。得体の知れない男と2人きりで話さなくちゃいけないことにも忌避感がある。
おずおずと招かれるままに入室し、デスクチェアに座らせられた。
これの他に椅子はないみたいだ。窓のサッシに寄りかかるようにして立つ神座を見上げた。
『えっと……神座トレーナー。私を担当ウマ娘にしたいって言ってましたけど、どうして私なんですか?』
それが今一番の疑問であり、しかしどうして自分がこんなことを聞かなきゃいけないのかとも思えた。
『私よりも、もっと速くて強いウマ娘はいっぱいいるし、なんならトップチームからの引き抜きも可能なのでは?』
自分で言っていて自尊心が削られる。でも、まともに考えるなら「弱い私をなぜ選んだのか」を明確にしないとお互いにデメリットになる可能性が高かった。
うっかり担当になる前に、この男の思惑を暴かなければならない。
ホマレが苦々しげに投げた質問に神座が口を開く。
「あなたは……スピードもスタミナもパワーも学園の平均以下です。体格が良いわけでも骨が丈夫なわけでも筋肉が発達しているわけでもない。だからこそです」
淡々と、なんの悪意も抑揚もなく言う。
その言葉にホマレはスカートの裾を無意識に握り締めた。
「先ほど、なぜ強いウマ娘を選ばないのかと僕に訊きましたね。たしかにこの学園には、レースのために生まれてきたような逸材が揃っています。そんなウマ娘を育てれば、勝率も評価もすぐに上がるでしょう」
トレーナーにとって強いウマ娘は実績を得る手段であり、ウマ娘にとってもトレーナーはその後押しとなる存在だ。
そうであるべきだ。