第8章 初詣
『これでもっと早くなれるんですね』
「ええ、まあ。耳の毛を整えたからといって空気抵抗の有無で縮められる秒数は微々たるものですが、それでも何もしないよりずっといいはずです」
強いウマ娘なら冬毛があろうが無かろうが勝つ。しかしキトウホマレはそうじゃない。
神座は淡々とした口調で続ける。
「あなたはまだまだ成長の途中です。絶対的な強みがない今、速くなる手段は1つでも多く取り入れた方がいい。その積み重ねはモチベーションの維持にも繋がります」
言いながら神座は、ホマレの耳に残る毛の切りカスを指の腹で撫でるように払った。
『へへ……やっぱ、くすぐったいです』
そう照れるように肩を揺らすホマレから、神座は静かに手を退けた。
「……来年が思いやられますね」
『え~、次もトレーナーが切ってくれるんですね?』
辟易したような言い草のわりに、本人のやる気が窺える。
もう次の冬のことを考えている神座にホマレが少し嬉しげに聞いた。
「それは勿論。他の人にさせたらあなたの耳は片っぽ無くなります」
『片っぽ無くなる……!?』
刃先が毛に触れた瞬間に思わぬ方向へ耳が動くものだから、細心の注意を払わなければ最悪ひどい怪我を負わせることになる。
空気抵抗以前に、担当ウマ娘が被る取り返しのつかないリスクを考えると他人に任せるなどもっての外だった。
実際に切った後だと尚更そう思える。
「かなりくすぐったがっていましたが、今回のような目に遭いたくなければ来年は秋のうちから着込んでおくように。そもそも冬毛が生えなければ処理をする必要もないんですから」
『はーい』
神座がホマレの首に巻いたビニールを外し、下に敷いておいた新聞紙の上に切れた毛を落としていく。
それを見計らってホマレが椅子から立ち、思い切り伸びをした。
『はー、やっと終わった。もう来年まで耳触らせてあげませんから……ね……?』
下から聞こえてくるガサガサという音と共に、尾の付け根に違和感を覚える。