第8章 初詣
『ん~、変な形になったらヤダなぁ……』
空気抵抗と聞いて、飛行機や新幹線の形を思い浮かべながらホマレが不満げに返す。
「座りなさい」
テーブルから少し離して椅子を置いた神座がホマレに促した。
言われた通りにそこへ座ると、首に大きなビニールを巻かれ体を保護される。
「では切っていきますので」
『お願いしまーす』
陽気な返事を聞きながら、神座は手に取った鋏をウマ耳に近付けた。
開いた刃が慎重な仕草でホマレの冬毛に触れる。
『ひっ』
ぴるん、と鋏を避けるようにホマレの耳が動いた。
「……なるべく動かさないでください。危ないです」
『うぅ、でもさ……くすぐったくて……ふふ』
まるで触れられるのを拒むように畳まれた耳と震える肩のせいで切るのが困難になっている。
「繊細な部位なのは分かりますが、我慢してください。さもないと耳なしウマ娘になりますよ」
『く、ひひ……ダメ。私無理だからトレーナーが気を付けてくださいね?』
意思に反して込み上げる笑いを堪えながらホマレが頼む。
神座は小さく息を吐いてから、軽く鋏を握り直した。
「…………」
ショリショリという音と共に余分な毛がハラハラと落ちていく。
ホマレはむず痒そうな顔をしながら出来るだけ堪えて、ただただ終わるのをジッと待った。
しばらくして、神座が鋏を耳元から離す。
「……終わりました」
『よかった~。お疲れ様!』
「ええ、本当に」
制御の利かないウマ耳が鋏から逃げ続けていたおかげで何度か危ない瞬間はあった。
可動域の把握と動きの予測で対応できたものの、神座は少し疲れた様子で鋏を置いた。
『わぁー……思ったより普通』
整えられた耳を鏡で確認したホマレが、どこか安心したような、拍子抜けした口調で言う。 パッと見は夏頃の耳と変わらない。
「成るべくしてなった形です。それに変な見た目になって困るのはあなたでしょう」
穂先の柔らかいブラシで髪や顔に落ちた毛を払っている最中の神座が返す。
『確かに~。切ってくれてありがとうございます、トレーナー』
ブラシも少しこそばゆい。ホマレは小さく身を捩りながら忍び笑いをした。