第8章 初詣
口から漏れた吐息が白く濁っては空中へ溶けていくのを、キトウホマレは暇潰しに見つめる。
参道に並ぶ人々の遅い流れのなか、神座と共に参拝の順番を待っていた。
元旦の昼過ぎ。トレセン学園から程近い神社には初詣に訪れた参拝客でごった返していた。
少し離れたところから聴こえてくる囃子が、雑然とした賑わいがあるこの場をどこか厳かな雰囲気にしている。
『あのピービョオ~って音、どっかで演奏してるんですかね?』
「いえ。スピーカーからの音源でしょう」
神座が答えながら視線を社務所の方へ向けた。
囃子はそこに置かれたラジカセから聴こえてくる。
『ふーん……まぁそういうもんか』
情緒があるんだかないんだか。
ホマレは背伸びして神座と同じ方を見ようとしたが、身長が足りずに諦めた。
ウマ耳が何度か人混みからせり上がり、そして沈んでいく。
「……」
不満げに絞られた耳を神座は静かに見つめた。
『ん? どうしました?』
「いえ。何も」
顔を上げたホマレから目を反らし、そう返した。
やがて順番が回ってきて、賽銭箱に小銭を放り込む。
『私鳴らしていいですか?』
「勝手にどうぞ」
『トレーナーの分も鳴らしますねー』
ホマレは鈴緒を振りガラガラと本坪鈴を鳴らした。
ニ礼ニ拍手。神座の動作を見よう見まねで手を合わせる。
拝む最中ホマレは片目を開けて、神座の横顔をチラリと見た。
ほんの数秒だけ目を伏せた神座は最後に一礼し、すぐに賽銭箱の前から離れていく。
ホマレもそれに合わせて列の先頭から抜けた。
『トレーナーも神頼みとかするんですね』
人混みを掻き分けるように進みながらホマレが神座に言う。
「いいえ。場に合った作法に則っているだけです」
『えー? 私は「重賞レースにいっぱい出たい!」ってお願いしました~』
「それを実現させるのはあなたと僕です。ここに来たのはあくまで、あなたの正月気分を満たすためでしかありません」
言いながら神座は比較的人気の少ない出口へ向かって歩いていく。