第7章 未勝利戦
ホマレが控え室に戻ると、既に神座がいた。
帰ってきたホマレを見るや、用意していたタオルを手渡した。
『見てましたかトレーナー!1着の私を!!』
「ええ。ちゃんと見ました」
淡々と、無表情で神座が返す。
自分を見ていた。その事実だけで、雨の冷たさも脚の疲労も報われた気がする。
ほんの半年前、神座と契約した当時はこんな気持ちになるだなんて思いもしなかった。
『次も絶対勝ってみせますっ!』
顔や手足に付いた汗や泥を拭きながらはしゃぐホマレに神座が返す。
「かなり視界が悪かったようですが、無事に走り切りましたね」
『トレーナーのおかげで頑張れました。見えづらかったから余分に走っちゃったけど……』
ゴールの位置も着順も知らずに走り終えた先ほどのことを振り返り、少し照れくさそうに笑った。
どうせならカッコよく勝利してみせたかった、と。
「必死さと泥臭さに胸打たれる人間もいるでしょう。誰かしらはあなたに興味を持ったはずです」
神座はホマレの近くに飲料水を置きながら言葉を続ける。
「まずは一勝、おめでとうございます。クールダウンが終わったらこの後のライブに備えてシャワーと着替えを済ませておきなさい」
『はーいっ』
大雨とひたひたの不良バ場のせいで泥だらけの水浸しだ。
泥水の滴る尻尾の水気をタオルで吸い取る。
『へへ……全身びっしょびしょ。でも勝てて良かったです!』
「そうですね。これであなたはようやく、トゥインクル・シリーズのスタートラインから抜け出せたわけです。あとの2年間、中央を舞台にどこまで行けるのか引き続き試していきましょう」
『はい、改めてよろしくお願いします!』
一通り汚れを拭き終えたホマレは、屈託のない笑顔を神座に向けてから水を飲んだ。
『……ぷはっ。そろそろシャワー室行ってきまーす。ライブ、期待しててくださいね?』
指をピストルのように神座へ向けて、ホマレは開けたドアから顔を覗かせながら退室しようとする。
「ええ。センターに相応しいパフォーマンスをするように」
『もちろんです! じゃあ、またあとで~!』
そう言い残し控え室を出たホマレの足音が通路にパタパタと響き、やがて遠ざかっていった。