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ラストラインを越えて

第7章 未勝利戦


全力で走ることで精いっぱいのホマレは距離感が掴めなかった。しかし背後から差し迫ってくる足音は確かにある。
『(追い抜かれたら終わる……! 絶対にさせない!)』
チャンスは与えない。 ホマレは余力を全て使いきる勢いで脚を回す。
『(私の1着だ!! 誰にも譲らない! 私のだ!!)』
心臓がうるさい。声が届いてこない。今、自分が何位かすらわからない。
視界は雨や泥跳ねで霞んでいる。もはや景色は色の違いくらいしか判別できない。
ゴール板までの距離も曖昧だ。
それでも手足を千切れんばかりに動かし、泥水を跳ね上げながら力の限り走った。
やがて、スタンドから歓声が上がる。
本当にゴール板を越えたのか信じられず、ホマレは数秒ほど全力疾走を続けた後にやっと減速を始めた。
粗い呼吸を繰り返しながら、目元の泥や雨、汗を拭って周囲を見る。
自分より前にウマ娘は居なかった。
1着を取れたんだろうか。それとも差された後も走り続けて距離が空いただけだろうか。
見る限り誇らしげな様子のウマ娘はいない。
『(掲示板……!)』
減速を終えたホマレがターフモニターに目を向ける。
スタンドから自分に向けられたような声が飛んだ。けれど、それが本当に自分のものだと信じるにはもう少し時間が必要だった。
肩で息をしながら立ち尽くしていると、間もなく着順が映し出された。
2番のウマ娘が1着だという結果で確定している。
『……!』
――私だ!!
ホマレは勢いよくスタンドに振り返って、大きく手を振った。
『やった……! 勝った……勝った……!』
震える声で呟きながらスタンドを見渡す。
雨。そして未勝利戦ということで、観客は多くはない。
しかしスタンドに座る全員がほぼ確実に自身の走りを見ていたのだと思うと感慨深いものがあった。
2階席のスタンドに、移動を始めている黒いスーツと長髪の男の姿も見つける。
『(トレーナー!)』
神座の姿を捉え、ホマレは一気に口元が綻ぶのを自覚した。
なんだか無性に嬉しさと安心感が込み上げてくる。
『ありがとう……!』
スタンドには届かないだろうけど、ホマレはそう声を張りながら手を振り続け、第1コーナー側の退場口に入っていった。









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