第7章 未勝利戦
12月前半、ダート1800mの未勝利戦。
〈強い雨の、中山レース場。雨で濡れた砂はヌルリと滑る不良バ場となってしまいました!〉
〈これは相当走りにくそうなバ場状態ですね〉
スピーカーから実況と解説の声が聞こえる。
2階スタンド席の最上段。コースを見渡しやすい位置に座った。
屋外であり、中山の狭い屋根ではいまいち雨を防ぎきれていない。スタンド席の各所で傘が開かれている。
朝からずっと降り続いている雨が強まったのは、今から30分ほど前のこと。
排水が追いついておらず、ダートコースには水溜まりがいくつもできている。
向かって右手側、自身の担当ウマ娘がゲートに入る様子を神座が静かに見つめた。
目元に滴る雨を拭う仕草をしている。
枠番は2。黒い体操着を着ている栗毛のウマ娘。
離れているため細部までは見えない。
それでも姿勢の僅かな沈み込みから、緊張よりも集中が勝っていると判断できた。
「…………」
出走時間まであとわずか。
神座は短く息を吐き、その瞬間を待った。
砂、というよりは泥。
足元を固めるように、その場で何度かゆっくりと踏み締める。
内ラチ側の足元は午前のレースで掘られて泥濘になっていた。
キトウホマレはゲート内から左方面のスタンドに目を向ける。
スタンドのどこかから、あるいは場内のモニターから……神座が見ているはずだ。
まばらな観客たちの影からホマレは視線を外し、正面の直線を見据えた。
『(やってやりますからね、神座トレーナー……)』
いつもの構えで、スタートのタイミングを待つ。
全員がゲートに入り終えたところで、近くの他のウマ娘たちから感じる緊張が一瞬高まった気がした。
『(……今だ!)』
ゲートが開くのとほぼ同時に走り出す。 出遅れはない。
先行勢たちが泥濘を避け、内ラチの少し手前を確保しようとホマレの前に躍り出てきた。
ここから第1コーナーの終わりまで上り坂が続く。
ビシャビシャの不良バ場も相まって、必然的にゆっくりとしたペースが保たれている。