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ラストラインを越えて

第5章 初戦後


「あなたも知っての通り、今日練習したのはGII以下の全てのレースの後に演じる曲です。あなたがこれから何度も観客の前で披露することになる演目なので、今日教えたことをしっかりと今後に反映させなさい」
レースとライブを両立させ、ファンを確実に増やしていかなければならない。
ポテンシャルやカリスマに欠けるホマレにはなおさら創意工夫が必要だ。
床をモップ掛けしながら神座が続ける。
「あなたは感情が表情や動作に出やすい。緊張や不安は特に。そういう余計な機微を観客に悟られないよう、無意識でもこなせるくらい完璧に振り付けと歌詞を徹底的に体に染み込ませましょう」
『うわぁ、大変そう……』
中山レース場向けのトレーニングとライブの練習。それに感情のコントロールまで。
上達はしたいけど気が滅入る。
本当に、神座の求める仕上がりまで到達できるのか。自分を信用できない。
「乗り越えてください。自信を持って観客を見られるようになれば、ファンは必ず増えます」
『はい……頑張りましょう』
神座の鼓舞に、ホマレはただ弱々しい返事をするしかなかった。





神座とのダンスレッスンを終え、校舎から出る。
『疲れた~……』
ストレッチとマッサージはしたものの、体を動かすたびに筋肉の張りを感じた。
早くご飯食べてシャワーを浴びて寝たい。
何時間もずっと踊り続けるなんて初めてだった。
汗の残る髪や服の隙間に秋の夜風が吹き込んできて気持ちがいい。ほんの少しだけ、今日の疲労が癒えた気がした。
寮まで向かう短い帰路の途中、街灯に照らされながらホマレは誰にともなしに呟く。
『本当に、増えるかなぁ……』
自分にファンがいる想像をしたことがなかった。
親や友達以外から応援された覚えも全くない。
数え切れないくらいの無数の人々が自分に注目し、勝利を望んでくれる。そんな未来がこの先にあるんだろうか。
『(どうであれ、神座トレーナーの言葉を信じるしかないけど……)』
トレーナー棟の方へ目を向ける。
今ごろ神座も自分のトレーナー室で帰り支度をしているところだろう。
まばらに明かりの灯るトレーナー棟の窓を見ながら歩いていく。
『(大事な3年間、やれるだけ頑張らなきゃ)』
ジュニア級ももう後半。いつまでも燻っているわけにはいかない。
ホマレは荷物を背負い直して、夜道を1人帰っていった。





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