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ラストラインを越えて

第5章 初戦後


言い返せる言葉はなかった。
神座の言葉と、先ほど見せられた映像の自分の姿が頭の中で重なり合う。
『……』
じわじわと恥ずかしさと悔しさが込み上げ、素直に返事をすることすらできなかった。
「もう一度通しでやりましょう。落ち着いて、何が大事なのかを汲みながら演じてみてください」
『…………はい』
ようやく絞り出せた声は、掠れるほど小さい。
ともあれ仕切り直しとばかりに元の位置について、ホマレは神座が曲をかけるのを待つ。
スイッチに触れる一瞬前、神座がこちらに目を向けた。
「一番慣れているポジションはどれですか?」
『え……。授業だと、センターの振り付けを習ってるときがわりと楽しかった……ような』
「では、次はセンターで」
神座が言うや、すぐさまカウントインが入る。
『(……今!?)』
てっきりまた3着の振り付けをやるのかと思っていたホマレは動揺しながらも何とか歌い出しに間に合わせた。
一番積極的に覚えようとしたポジションなだけあって、振り付けも歌唱パートもすんなり出てくる。
いきなり言われてびっくりしたものの、確かに慣れのおかげで踊りやすい。
好きなポジションの方が取り組みやすいだろう、という神座なりの配慮がありそうだ。
『(笑顔で……楽しそうに……)』
先ほど神座から言われた指摘を気にしながら、できる限り動作に乗せて表情を作る。
近くで見つめる神座の視線が緊張を高めた。
鏡には、いつもより表情の柔らかい自分が髪と尻尾を振り乱しながら舞っている姿がある。
やがて曲が終わり、最後の決めポーズをしていたホマレが静止を解く。
そして感想を求めるように神座を見た。
「……まだまだ課題はいっぱいありますが、意識が変わっただけでもかなり印象は良くなりました」
『ほんとですか……? よかったぁ』
思ったよりもポジティブな意見だった。
胸の奥のこわばりが少しだけほどけたような気分になり、ホマレはほっと息を吐く。
「これからは常に観客に見られている想定で練習してください。無意識にでも表現を引き出せるようになりましょう」
『はーい。……今まで、観客に気を遣うなんて考えたこともなかったです』
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