第1章 崖っぷち
良くも悪くも有名だ。
どこか気味が悪く愛想も良くない。しかし知識や指導に長けている。学園側がどこからか引っ張ってきた人材なんじゃないかという噂もあった。
『(目当てのウマ娘でもいるのかな……まあ、私には関係ないか)』
レースで気が散ってしまわないよう、ホマレはお喋りしているウマ娘達から少し距離を取ってストレッチを続ける。
それからしばらくして、ホマレのグループの順番が回ってきた。
5名のゲート入りが完了しスタートを待つ。
『(落ち着いて……練習通りに走ればきっと大丈夫)』
最大限集中し、ゲートが開く音と共に脚を踏み出した。
その場の全員が一斉にゲートから抜け、ほぼ横並びのスタートになった。
湿った芝と土を踏む音が周りから絶えず聞こえてくる。
『(前のコは逃げ。2番手で様子見)』
1600mのマイル戦で、作戦は先行。
重めのバ場だけどこの前のトレーニング場よりかは状態がいい。
『(タイミングよく仕掛けなきゃ……)』
第4コーナーを曲がって最後の直線へ。周りも動き出す頃だ。
『(ここ!)』
脚に力を込め芝を踏み込む。
一気にスパートをかけ目の前のウマ娘を追い越した。
『(やった、このまま一番をキープして、ゴールに……!)』
今までで一番いい景色だった。後続に追いつかれないよう全速力で駆ける。ゴールは目前だ。
しかし背後から自分のものではない足音が迫っていた。
右後ろから地鳴りのような音がジリジリと近付いてきて、ホマレの横に並ぶ。
『(いやだ……追い抜かれたくない!)』
しかしすでに体力は限界だった。これ以上速く走れない。
気持ちばかりが昂って、脚は空を掻いているように思うように進まなかった。
1人、また1人とホマレを追い越していく。
『(待って……! こんなのイヤ……!)』
息を切らせながら最後まで走ったけれど、結果は4着。
限界を出しきったのに手に入ったのは誰の目にも留まらないこの順位だけだ。
『また……ダメだった』
減速しながら、うっすらと浮かんだ涙を拭う。
毎回自分自身に期待しては裏切られている。これで何度目だろう。
情けなくて、観客席から目を反らしたまま退場した。