第3章 方針
「選抜レースのとき、あなたは他の先行や逃げにペースを合わせるために前に出ようとして序盤から無駄に脚を使ってしまっていました」
数日前を振り返りつつ、神座が続ける。
「ラストスパートでは最後まで食らいつこうとしていましたが、鈍足のせいもあり完全に置いていかれていましたね。スピード不足もそうですが、ペース配分が上手くできていなかったのも大きな敗因です」
『う……はい』
耳をペタンと伏せながらホマレが返事をし、情けない筆致で神座の言ったことをメモしていく。
『私ほんとに強くなれるんですか?』
自分の担当トレーナーにこき下ろされている現状に、ホマレが不安げに声を上げた。
それに対し、神座が静かに頷く。
「戦略を見直し、効果的にトレーニングを重ねていけば確実に今よりはマシになります。あなたの脚質なら後ろで脚を溜めておく追い込みが向いていますよ」
『……! それなら、次からは追い込みで走ればよさそうですね』
神座の言葉に希望を見出だしながらホマレが少し顔を綻ばせる。
「いえ……そういう単純な話でもありません。今のあなたにはまず走るセンスが培われていませんので、現状追い込みで走らせても最後方から動けずに終わるでしょう」
『じゃあ、どう走ればいいんですか?』
先行はダメ。追い込みもダメ。ホマレは少し困ったように首を傾げる。
「しばらくは先行で走ってもらいます」
『え、でも先行向いてないってさっき……』
「ええ。向いていません」
矛盾していないか。ホマレが訝しげな顔で言い淀むと、神座は無表情のままきっぱりと言い切った。
「それに追い込みが向いているとも言いましたが、それはあくまで消去法でしかありません。あなたの強みになりそうなスタミナと持久力、後半の粘りは確かに追い込みに必要なそれですが、もっとも大きな要因はスピード不足によるものです」
神座が手元の記録紙に視線を落とした。
ほぼ全ての計測データが、ホマレの可能性のなさを示している。
「逃げも先行も差しもスピードが命……直球で言うなら脚質が狭まっているせいで追い込み以外選べない、ということです」
『じゃあ何で先行なんですか……?』