第19章 初有馬
蹄鉄を地面に叩き込みながら速度を上げていく。
第4コーナーの辺りで外から飛び出そうと芝を蹴るが、次の瞬間には空振ったような気配を知覚した。
脚が伸びない。
前を行く背中との距離は縮まるどころか、むしろ遠ざかっていくように見えた。
『(うそ……全然進まない!)』
必死に脚を回しても、風を切って抜けていく感覚がまるでなかった。
焦りばかりが募り、脚と呼吸のリズムがさらに乱れていく。
残り200m、観客席から大歓声が沸き上がる。
だがホマレの耳には何も入らず、ただ自分の荒い息と、胸の奥で焼けつくような痛みだけが響いていた。
ふいに、神座と出会う前の選抜レースの記憶が蘇る。
どんなに必死に走っても何も得られなかった、あの無力感。誰からも見向きもされなかった頃の虚しさが足元から這い寄ってくる。
『(違う……あの時の私とは違う! 絶対、違う……!のに……)』
一番前のウマ娘との間は絶望的に離れている。
無理だと悟るには十分すぎる距離だった。
今さらどう動いたって掲示板にすら載らない。
『(……いいや、諦めない! せめて神座トレーナーが買ってくれた粘り強さだけは捨てたくない!)』
遅くても弱くても、愚直で辛抱強いところだけは認めてくれていた。だからこそ選ばれた。
『(負けが確定しているから何だ……!私はこれくらいで折れるようなウマ娘じゃない!ゴールまで全力で走れ!!)』
最後の急坂を、肺が焼き切れる勢いで駆けていく。
すでに呼吸は浅く、脚は完全に空回りしていた。
坂を駆け上がり、視界の先にゴール板が迫る。
観客の熱狂も、前を走るウマ娘たちの背中も、すべて霞んでいく。
残されたのは、自分の荒い呼吸と地面を叩く蹄鉄の感触だけ。
『(届かない……でも、止まりたくない……!)』
そう心の中で叫びながらも、結局前との差は縮まらないまま。
せめてもう1人だけでも、と振り絞った脚は空を切り、気づけばゴールを過ぎていた。
結果は14着。
最初から最後までほぼ何もできなかった。
けれど放棄せずに最後まで脚を動かし切った自分を、多少なりとも誇りに思えた。