第5章 夏
屋上
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夜の高専は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
虫の声だけが、遠くで規則的に響いている。
屋上の縁に座る1つの影。
風に揺れる制服の裾が、コンクリートの冷たさを忘れさせていた。
「……お前も来ると思ったよ」
「悟こそ。さっきゆうなを部屋まで送った帰り、屋上の灯りがついてるのが見えたからね」
傑が隣に腰を下ろす。
夜風がふたりの間を通り抜けて、少しだけ静けさが戻った。
「明日、海だな」
悟がぽつりと呟く。
「そうだね。楽しみにしてる。」
「……夏ってさ、浮かれるし、テンション上がるけど……時々、心の底が見えそうになるよな」
「……どういう意味だい?」
「いや、なんでもねぇよ。俺、アイツが笑ってるの見るの好きなんだよ。昔から、ずっと…ずっと見てきたし」
その言葉に、傑は少しだけ目を伏せた。
「……さ」
傑が何か言おうとするのを遮り悟が続ける
「でもな」
悟が横目で傑を見る。
「俺、もしかしたら……怖がってんのかも。ゆうなが“俺を選ばない未来”ってやつを」
しばらく、ふたりの間に言葉はなかった。
ただ遠くの木々がざわめく音と、風が髪を揺らす音だけがあった。
「……怖いのは、私もだよ」
傑の低い声が、静かに夜を裂いた。
「気づかないフリをしてる。でも、たまに……ふと、目が合う時、彼女が“私たち”をどう見てるのか、知りたくてたまらなくなる」
「……やっぱ、お前とは似てるんだな、俺」
悟が少し笑って、空を仰いだ。
「誰が先とか、誰が正しいとか、どうでもいい。ただ……アイツの心がどこに向かってるのか、それだけが気になってしょうがねぇの。
昔みたいにずっと隣にいれるわけじゃねーし。」
「…私も同じだよ、悟」
屋上の照明がふたりの影を重ねる。
言葉は少なかったけれど、その沈黙が語るものは、互いに痛いほど理解していた。
「明日、いい一日になるといいな」
「……そうだな。彼女の笑顔が見れれば、それでいい」
風が止まり、夜の帳がふたりをそっと包んだ。
重なる想いも、まだ言葉にはできずに──