第5章 夏
静かな裏通りを、ゆうなと夏油が並んで歩く。
さっきまでの雑踏が嘘のように静かで、夕暮れの風が頬を撫でる。蝉の声も遠く、アスファルトに沈む夕陽だけが時間の流れを告げていた。
「……今日、楽しかった?」
ふいに夏油が、歩幅を落としながら問いかけた。
「うん、すごく。硝子ちゃんとふたりで出かけるのも久しぶりだったし……」
ゆうなは頬を緩めて、水着の入った紙袋をぎゅっと握る。
「……でも、途中で迷っちゃって決まらないかと思った」
そう言って笑うと、夏油もふっと柔らかく笑った。
「ふふ、種類が多いと仕方ないね。
それよりも2人で街歩いてたら、誰かに声かけられたりしなかった?」
少し冗談めかした口調。でも、その目はどこか心配そうだった。
「ううん?大丈夫だったよ。私、そんなに目立たないし」
ゆうなが首を傾げながら返すと、夏油は一瞬だけ視線を落として――それから少し真面目な声で言った。
「…ゆうなは、自分のこと過小評価しすぎだと思う。」
「……え?」
「目立たないって言うけど、私が見てる限り、十分綺麗だと思うよ」
その言葉に、ゆうなの足がぴたりと止まった。
「……え……?」
視線が自然と夏油の横顔に向かう。少しだけ伏せられた目。けれど、柔らかく笑っていた。
「ごめん、驚かせたかな?」
「ううん、びっくりはしたけど……でも、嬉しかった」
小さく笑って、ゆうなは一歩だけ夏油に近づいた。
「ありがと、夏油くん」
その声に、夏油も静かに笑い返す。
「どういたしまして」
そのままふたりは、夕焼けに染まる道を並んで歩き出した。
ふと、ゆうなが言った。
「……海、楽しみだな。ちょっとだけ緊張するけど」
「私が一緒にいる。何があっても大丈夫だから」
「うん、頼りにしてるよ、夏油くん」
蝉の声の中、ふたりの影が長く伸びて、やがて角を曲がって消えていった。