第1章 諸伏警部と陽気な彼女
「そうですね、まずはやはりバランスよくついた筋肉ではないでしょうか。激しい振りでも体幹がぶれることなく踊りきっていますし、また請け負った仕事にいつも全力で挑む姿勢は同じ社会人として尊敬するところがあります。少々がんばりすぎなのではと思うときもありますが、それでもなお──」
「あーもういいもういい。公共の場でいちゃつくな、後は家でやってくれ」
まだ一割も話していないのに。不服だという意味も込めて勘助くんをジト目で睨み付けるも、両手を上に上げてお手上げだとでも言いたげに肩をすくめた。
でもまあ確かに。秋穂さんもオープンな性格とは言え、彼女のいいところは私だけが知っていれば事足りるし、わざわざそれを言い広めて恋敵を作る必要もないのも事実。恋敵になるその前に芽は摘むつもりでいますが、万が一があってはいけません。ここはおとなしく彼の言う通りにしておきましょう。
「ね、ね、あっきー」
「何でしょうか」
「この後は時間あるんだよね?」
「ええ。ありますよ」
「そっか! よかった! じゃあ高明さんの今からの時間、私にぜーんぶ──頂戴ね?」
くん、とネクタイを軽く引っ張られ、急に彼女との距離が近づく。端から見たら主人とペットのように見えるのでは、なんて頭の片隅で考えながらもストレートなお誘いに少しばかり目を見開く。どことなく挑発的な彼女は自信ありげに口角をあげ、瞳の奥に私を映している。
据え膳食わねば男の恥──私の時間を秋穂さんにあげる代わりに、私は貴方自身を頂戴するといたしましょう。「もちろんです」と短く答えると彼女は満足げにネクタイから手を離した。
「いい? 上原さん。女性から男性にはこうやって誘うのよ!」
「な……!」
今度は悪戯にウインクを決めた秋穂さんは上原さんを見ながらまた爆弾を投下する。今日は恋模様が大荒れのようだ。
当の本人は「今は恋愛も多様性の時代だからー!」なんて言っているが、きっと上原さんの耳には多様性のたの字も届いていないだろう。首まで赤くして狼狽えている上原さんに少しばかり同情しつつも、その隣でばつが悪そうに頭を掻いている勘助くんに視線を向ければ目が合ってしまったので「甲斐性なし」と声には出さず伝えてみる。口元がひくついているのを見る限り、しっかりと彼に伝わったようだ。