第1章 諸伏警部と陽気な彼女
いまだ私の腕に抱かれている彼女──尾地秋穂さんは地面からほんの少し浮いた足をぷらぷらと弄びながら、私の首元へ腕を回して楽しそうにしている。まるで子どものようだ、と思ったがこれを言ってしまっては唇を尖らせて不服を申し立ててくることが容易に想像できるため、そっと私の心の中へ閉まっておきましょう。
十分満足したのか、腕を離して私から離れた彼女は後ろにいる二人へと視線を向けた。
「高明さんの仕事場の方?」
「はい。大和勘助くんと上原由衣さんです」
「あ! 噂の!」
「おいコウメイ。この嬢ちゃんに何吹き込んだんだ」
「両思い拗らせてるんだよね?」
テロのごとくいきなり降って落とされた爆弾に二人は顔をこれでもかと言うくらいに赤くさせるだけでは飽きたらず、金魚のように口をはくはくとさせて動揺を隠せないでいるようだ。「あれ? 違った?」と呑気に首を傾げる秋穂さんに「合ってますよ」と伝えれば、二人から否定の言葉が機関銃のごとく飛んできた。何をそんなに必死になっているのやら。
「否定し過ぎると肯定しているように見えますよ、お二人さん」
「お前がいらねーこと吹き込むからだろ!」
「そ、それより! 二人の関係は? もしかして恋人っ?」
「あ。申し遅れました! 諸伏高明さんとお付き合いさせていただいています、尾地秋穂と申します」
「以後お見知りおきを。これから幾度となく会う機会はあるでしょうから──披露宴とか、ね」
私の言葉にバッと言う効果音が付きそうなほどの勢いで顔をこちらに向けたのは幼馴染みの二人だけでなく、秋穂さんもで……期待と歓喜に頬を桜色に染めながら私の大好きな笑顔でたくさん頷いてくれる。そんな彼女を見て「あ」と小さく声を上げたのは上原さん。そろそろ気づくころか、と内心ほくそ笑みながら何でもない風を装って声のした方を見やる。