第1章 諸伏警部と陽気な彼女
「それでは皆さん、お疲れ様でした」
時計の針が定時を示したのを見計らい、自分のデスクをすぐさま後にする。外回りから帰ってきたあと、肌に張り付いて気持ち悪かったワイシャツもエアコンの冷風ですっかり乾いてしまうくらいには報告書と向き合いましたし、やり残した仕事もなければ有り難いことに緊急通報もない。心置きなく彼女の元へ行ける──と足早に執務室を出たまではよかった。
「なぜお二人も着いてくるのでしょうか」
「私たちも帰るとこなの。ねー? 大和警部」
「おう。別にお前の連れを一目見ようなんて微塵も思ってねぇぞ」
「そう思っているのならば、そのにやついた表情をどうにかしてから言った方が説得力が上がりますよ」
まあ、そんなことだろうとは思いましたがね。別に見られて困るようなことでもありま──いや、彼女が好機の目で晒されるのを見るのはあまり面白くはないかもしれないな。そんな考えが一瞬頭をよぎるもいつもより速い歩調で歩いていたため、長野県警の受付へあっという間に到着してしまった。
早く会いたくて仕方がないんだな、と自分のことなのにどこか他人事のように考えながら辺りを少し見回す。すると私が探していたのとは反対方向からずっと待ち望んでいた声が聞こえてきた。
「たっかあっきさーん!」
まるでホップ・ステップ・ジャンプ、とでもするかのような軽快な足取りで私の名前を呼びながら勢いよく飛び込んできた女性をしっかりと抱き止める。その際に頬へ触れた彼女の髪の毛さえ愛しいと思うのだから、恋は盲目愛は瞠目と言う先人の言葉は正しいようだ。
ふわりと鼻先をくすぐる自分とは違った香水の香りに自然と緩む口元を隠そうともせず「貴方の高明さんですよ」とうやうやしく返事をした。
「お帰りなさい、秋穂さん」
「ただいま! それにしてもよく受け止められたわね!」
「貴方一人くらいどうってことありませんよ」
「よっ! 男の中の男!」