第7章 不在の証明
村が闇に沈み、犬の遠吠えも絶えた頃。
扉を開けたとき、彼女はすでに荷をまとめ終え、小屋の片隅に座っていた。小さな布袋を両手で握りしめている。表情は平静を装っていたが、その目だけは、わずかに揺れていた。
「……遅くなったな」
私がそう言うと、彼女はふと顔を上げ、目尻を少し和らげた。
「ほんとうに。逃避行の待ち合わせに遅刻するなんて、最低です」
「……君が先に来てるとは思わなかった」
「驚いたでしょう? いざとなると、案外行動力はあるんです」
私はかすかに笑った。彼女も同じように、わずかに唇を上げる。笑いは小さく、それでも互いの張りつめた緊張を緩めるには十分だった。
「検問は、南西の谷道を抜けるルートに切り替えた。水路沿いに森を抜ければ、追跡は困難になる。二日後には国境近くの村に着く」
「さすがですね。そんなにうまくいくとしたら……ちょっと退屈かもしれません」
「退屈? 命がかかってるのに?」
「あなたと一緒なら、退屈でも悪くないかもって意味です。……少しは感激してください」
「感激したよ、内臓のあたりで。きっと君に毒でも盛られてるんじゃないかと思うくらいには」
「まさか。そんなことしたら、逃避行がつまらなくなります」
彼女は冗談の裏に、本音を隠すのがうまい。けれどその声の揺れに、私は気づいていた。