第1章 因果律の彼方に
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気の強い修道女だった。
なぜ私が、見ず知らずの他人に肌を晒し、屈辱を受けねばならぬのか。負傷を癒すために修道院へ赴いたはずが、帰路につく頃には、私はすっかり疲弊していた。
明日も来い、だと? 傲慢な。あの修道女には二度と会いたくない。絶対に行くものか。そもそも私は研究の進捗という喫緊の課題が──そう思いかけて、私は既に天文学を封じている身であることを忌々しく思い出した。皮肉なことに、今の私には時間だけは腐るほどある。
私塾に籍を置いているが、研究の再開にはまだ遠い。欠席が続けば、いずれ寮からも追い出されるだろう。そうなれば、貴族の家庭教師として日銭を稼ぐしかない。
だが、そんな生活にどれほどの意味がある? 私は凡庸な者どもに知識を分け与えて生を終えるのか──。
ダンッと、拳が机に叩きつけられた。
「……クソッ」
思わず口を突いて出た言葉に、私は己の不甲斐なさを噛みしめる。
ふと、脇腹に触れる。……痛まない。机を叩いたり、身を捩ったりしていたにもかかわらず、今朝まで私を苛んでいたあの疼痛が消えていることに気づいた。
彼女の手当の効果だろうか? 否、自然治癒の範疇だろう。おそらく修道院には標準的な処置法が定められており、それに従っただけだ。個々人の技量という不確定な要素に左右されるなど……。
だが、不意にJ診療室の光景が脳裏を掠めた。診療室と呼ぶにはあまりに雑多で、図書室、薬品庫、はては台所までもが渾然一体となった、混沌とした空間だった。
あれら全て、彼女が一人で集めたのだとすれば……まさか、研究でもしているのか。女性が、たった独りで?
そんな疑問を処理できぬまま、私は机に突っ伏していた。
意識が急速に混濁していく。明日の予定など、どうでもよかった。ただ、時間は嫌というほどある。薬を回収するという名分であれば、再訪も一つの選択肢として許容できるか──
そんな非合理な考えを最後に、私は三日ぶりに深い眠りに沈んだ。