第1章 因果律の彼方に
◇◇◇◇
気の強い修道女だった。
なぜ私が、見ず知らずの他人に肌を晒し、屈辱を受けねばならぬのか。
負傷を癒すために修道院へ赴いたはずが、帰路につく頃には、私はすっかり疲弊していた。
明日も来るように言われたが、あの修道女には二度と会いたくない。絶対に行くものか。私は研究で忙しいのだ――と、思いかけて、私は既に天文学を封じている身であることを思い出した。皮肉なことに、今の私には時間だけは腐るほどある。
私塾には籍を置いているが、研究の再開にはまだ遠い。欠席が続けば、いずれ寮からも追い出されるだろう。そうなれば、貴族の家庭教師として日銭を稼ぐしかない。
だが、そんな生活にどれほどの意味がある?
私は凡庸な者どもに知識を分け与えて生を終えるのか――
ダンッと机を叩く音が響いた。
「……くそっ」
思わず口を突いて出た言葉に、私は己の不甲斐なさを噛みしめる。
ふと、脇腹に触れる。……痛まない。
机を叩いたり、身を捩ったりしていたにもかかわらず、今朝まで感じていたあの鋭い痛みが消えていることに気づく。
彼女の手当の効果だろうか?否、自然治癒も作用した結果だろう。おそらく修道院には標準的な処置法が定められており、それに従っただけだ。個々人の技量に左右されるなど――
だが、私は不意にJ診療室の光景を思い出す。
診療室と呼ぶにはあまりに雑多で、図書室、薬品庫、台所までもが混在した空間だった。あれら全て、彼女が一人で集めたのだとすれば……
まさか、研究でもしているのか。女性が、一人で?
そんな考えが浮かんだまま、私は机に突っ伏していた。
そのまま眠りに落ちる。明日のことを、ぼんやりと考えながら。
時間なら、嫌というほどある。薬を貰いに行くだけなら、行ってみてもいいか――
そんなことを思いながら、私は三日ぶりに深い眠りに就いた。