第1章 因果律の彼方に
私は何も言わず、薬草の茎をすり潰し、蜂蜜を加えて丁寧に練る。
そして、文句を続ける彼の口元に、それを一言も断らずに塗りはじめた。
「口を閉じてください。傷の処置をしています」
バデーニさんはしぶしぶ唇を噤み、私はその上からガーゼをそっと当てた。
なんて無礼な方なのだろう。
彼の思考がまるで読めなくて、ただでさえ緊張しているのに、余計に肩が強張る。指先まで震えてしまいそうだった。
けれどこれは、私に与えられた務めだ。神様の御心なのだと、胸の奥でひとつ深呼吸をして、心を落ち着ける。
「お顔以外にも、お怪我をされているはずです。どうか、すべて診せていただけますか」
「いや……お断りします。薬をいただければ、自分で処置しますので」
「それは出来かねます。私は担当として、すべての傷に責任を持たねばなりません」
彼は明らかに困惑しながら、やや語気を強めた。
「いや、違う……私が困るのです。傷の箇所が悪い。いくら修道女とはいえ、女性に肌を見せるのは――」
「構いません。それも治療のうちです」
「だとしても……」
「服を脱いでください」
ぴしゃりと言うと、彼は観念したように「……クソッ」と毒づき、ベルトを乱暴に解きはじめた。
「だから女性は厄介だと言ったんだ……! こんなもの、十分理由になるだろ。他室に移るっていう、正当な理由に……」
上衣を脱いだ彼の脇腹には、深く裂けたような傷があった。一部は膿みかけている。
私は急ぎ薬草の種類を見直し、丁寧に手当てを施していく。
「明日も、必ずお越しください。経過をしっかり見なければなりません」
返事はなかった。
それでも私は、強く心に誓っていた。
この方の傷は、絶対に私の手で癒してみせると。――私の、誇りにかけて。