第6章 必要十分条件としての君
それでも、ふとした拍子に不安がよぎることもある。街から届いた荷馬車の音や、見慣れない顔ぶれが教会に来た時──私たちの身に何かが起こるのではないかという緊張が、背筋を這う。
けれど、そんな不安を知ってか知らずか、バデーニさんは時折穏やかな声で言う。
「こうして君と並んでいられるなら、今は十分だ」
その一言で、すべてが報われた気がする。
──こんな日々が、ずっと続いてくれたら。私は、心からそう願っている。
けれど、どこかで分かっている。この穏やかな時間は、きっと永遠ではないことを。嵐の前の静けさのように、美しすぎて、儚いことを。
だから私は、今日という一日を、誰よりも強く抱きしめるように生きているのだ。
*
ある夕方のことだった。
仕事終わりの小さな片付けを終えたとき、バデーニさんがぽつりと、改まった声音で言った。
「今夜、例の小屋に来ていただけますか。少し、話があります」
少し、と言いながらその目は少しも軽くなかった。むしろ、いつも以上に沈着で、静かな緊張を湛えていた。
私は頷き、胸の奥に波紋のような予感を抱えながら、その夜の約束を待った。
夜、星が瞬くころ、小屋の扉を開くと、蝋燭の灯に照らされたバデーニさんがいた。
私は思わず背筋を伸ばす。彼もまた、きちんとした姿勢で立ち上がり、私の顔を見た。
そして、ひと呼吸の間を置いてから言った。
「この教会を、出ましょう」
思いもよらない言葉に、私は言葉を失った。
私の沈黙をどう捉えたのか、バデーニさんはゆっくりと話しはじめた。