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軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第6章 必要十分条件としての君



 *
 
 それでも、時折口論になることもある。 彼が食事を摂らずに研究に没頭すれば、私はお皿を下げるふりをしてわざと音を立てたり、わかりやすく機嫌を悪くしてみせた。

「バデーニさん、朝食も昼食もほとんど残されたままです」
「胃の方が、夜空よりも沈黙が得意でね」
「……皮肉で栄養は摂れませんよ」
「それは君の煎じ薬にも書いておくべき文句だな」
「……それなら、明日から絶食療法です。望むところでしょう?」
「……それは、少し困るな」
「少しどころじゃありません。お薬も、胃に何か入れてからでないと飲めません」
「……了解した、メイドさま」

 そう言ってようやく、渋々スプーンを手に取る。 私はわざとそっぽを向きながらも、心の奥では小さく安堵していた。

 *
 
 夜になると、二人で中庭のベンチに並んで座ることがある。 風がそよぎ、遠くの木々が揺れる音のなかで、バデーニさんは静かに空を見上げる。

「君の声がよく聞こえる夜は、いい夜だ」
「……風の音でかき消されているだけです。今日も、怒鳴りそうになりました」
「ありがたい。怒鳴られるうちが花というやつだろう」
「では、花盛りを通り越して、そろそろ落花期ですね」

 私は肩をすくめ、彼の横顔を盗み見る。 左目の中に、うっすらと反射する星明かり――あの光は、奇跡のようだった。 そしてその奇跡が、日々少しずつ大きくなっていることが、なによりも私の救いだった。

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