第1章 因果律の彼方に
椅子にお通しして、薬の用意をしていると、彼は落ち着かなげに視線を彷徨わせ、ぽつりと口を開いた。
「こちらの診療室は……あなた、お一人で?」
その柔らかな物腰に、少しだけ緊張が和らいだ。
「はい。半年前から設けられた新しい診療室で、私が専属となっております」
バデーニさんは「はあ……」と気のない溜め息を吐いた。
そして――思いもよらぬ言葉を口にした。
「できれば、他の診療室に移れませんか」
「……え?」
「なぜ私のような者が、あなたのように若く、経験の浅そうな……しかも女性の方に診られねばならないのか。正直、心外です」
一瞬、何を言われたのか理解が及ばず、次に来たのは沸々とした怒りだった。
失礼にもほどがある。
「紹介状にこの診療室が指定されている以上、正当な理由がなければ他へご案内はできません。それに……私は診療所長に認められ、ここに配属されたのです。どうか、ご信頼ください」
彼はわずかに表情をゆがめ、やや皮肉めいた調子で言った。
「……ならば、あなたに文句を言っても仕方ありませんね。ここの決まりだというのなら」