• テキストサイズ

軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第5章 誓いと背反





こうしてジルさん──ミラは〝盲目の天文学者〟の伴侶として、村の教会の一隅で暮らすことになった。教会の裏庭には細い小道があり、森を抜けた先にひっそりと古い空き家があった。
私たちはそこを仮住まいとし、秘密の場所とした。
 
その夜、風はなく、森の匂いだけがしんと降りていた。焚き火の橙が静かに揺れ、小屋の中の影がふたりを囲っていた。
ジルさんは私の手の中で呼吸を整えていた。顔を伏せ、まつ毛を震わせている。
その横顔を見つめながら、私はどこまで手を伸ばしていいのか、ほんのわずかな躊躇いを抱えていた。

「……寒くないですか」
「ええ。だ、大丈夫です」

小さな声だった。頬が紅く染まり、視線は膝の上に落とされたまま。
私はジルさんの髪をそっとかき上げて、耳元に顔を寄せる。

「これ以上は……あなたを戻せないかもしれません」
「……戻る場所なんて、もうありません」

言葉は震えていたが、その瞳だけは真っ直ぐだった。
彼女の手が、私の指をそっと包む。その温もりが、私の背中に決意を流し込んだ。
私はそっとジルさんの肩に手をかけた。服の上からでも、彼女の震えが伝わってくる。

「……無理は、していませんか」
「しています……でも、後悔はしていません」

私はゆっくりと、彼女の上着を脱がせる。それは修道服ではなかった。粗末な村娘の服だ。色褪せてはいるが、ジルさんが選んだ自由の証だった。
布の下から現れた白い肌に、私は触れることを一度ためらった。目の前にある美しさに手を伸ばすことが、赦されているのか分からなかった。
/ 84ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp