第5章 誓いと背反
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こうしてジルさん──ミラは“盲目の天文学者”の伴侶として、村の教会の一隅で暮らすことになった。教会の裏庭には細い小道があり、森を抜けた先にひっそりと古い空き家があった。
私たちはそこを仮住まいとし、秘密の場所とした。
その夜、風はなく、森の匂いだけがしんと降りていた。焚き火の橙が静かに揺れ、小屋の中の影がふたりを囲っていた。
ジルさんは私の手の中で呼吸を整えていた。顔を伏せ、まつ毛を震わせている。
その横顔を見つめながら、私はどこまで手を伸ばしていいのか、ほんのわずかな躊躇いを抱えていた。
「……寒くないですか」
「ええ。だ、大丈夫です」
小さな声だった。頬が紅く染まり、視線は膝の上に落とされたまま。
私はジルさんの髪をそっとかき上げて、耳元に顔を寄せる。
「これ以上は……あなたを戻せないかもしれません」
「……戻る場所なんて、もうありません」
言葉は震えていたけれど、その瞳だけは真っ直ぐだった。
彼女の手が、私の指をそっと包む。
その温もりが、私の背中に決意を流し込んだ。
私はそっとジルさんの肩に手をかけた。服の上からでも、彼女の震えが伝わってくる。
「……無理は、していませんか」
「してます……でも、後悔はしていません」
私はゆっくりと、彼女の上着を脱がせる。
それは修道服ではなかった。粗末な村娘の服だ。色褪せてはいるが、ジルさんが選んだ自由の証だった。
布の下から現れた白い肌に、私は触れることを一度ためらった。
目の前にある美しさに手を伸ばすことが、赦されているのか分からなかった。