第5章 誓いと背反
*
それからの三日は、奇妙なほど穏やかだった。何気ない日々の会話の中に、互いに無言の誓いが潜んでいた。彼女が薬を煎じる手元、書きものをしている背中、ふとした瞬間の仕草。そのすべてを、私はかすかな視界に刻み込もうとした。
出立の夜。ジルさんは、予め渡しておいた地味なブラウンの外衣を身にまとって現れた。白衣のときより少し背中をすぼめ、まるで別人のように振る舞っている。修道女としての彼女が、少しずつ剥がれてゆく。けれどその瞳は、何も変わっていなかった。
「いいですね。今夜は雲が出ている。月はない」
私が小さく言うと、ジルさんはうなずいた。互いに余計な言葉はなかった。
ふたりで診療室の裏手から回り、墓地の小道へと踏み出す。砂利を踏む音だけが、夜の沈黙の中にかすかに響いた。
途中、ジルさんが足を滑らせかけたとき、私は反射的にその手を取った。その手は、アストロラーベの夜と同じように、やはり柔らかかった。
「大丈夫です」
囁く声に、思わず笑いそうになる。彼女は何も変わらないのだ、たとえどんな衣を脱いでも。
廃墟に差し掛かる頃、少し遠くで鐘が鳴った。夜の礼拝を告げる、ゆったりとした鐘の音。
けれどそれは、私たちにとって別れの鐘だった。
私は、ジルさんの手を握る力をほんの少しだけ強めた。
──行こう。
それが、全ての始まりだった。