第4章 観測されざる傷
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数日後、A診療室からの修道女が私を訪ねてきた。白衣に身を包みながらも、手には紙片を携えている。
「お忙しいところ失礼します。こちら、目薬の調剤依頼です」
差し出された紙を受け取り、記載された薬草名と配合比を一瞥して、私は小さく眉をひそめた。
これは、まだ臨床の試験段階の薬──どうしてそんなものを?
「どなたに処方されるご予定でしょうか」
「ああ……若い修道士です。素行に問題がありましてね。なんでも、禁じられた異端的文献を修道院長の前で読んだとか」
言葉の端々に困惑と苛立ちが混じっていた。
「視覚を焼かれたとかで、痛みを訴えておられて。今は目を包帯で覆っています。しばらく様子を見たいのですが……」
その説明を聞いた瞬間、私は立ったまま凍りついた。
素行不良の修道士。研究──
バデーニさんだ。 間違いない。 手のひらから血の気が引き、心臓の奥で冷たい鐘が鳴るような感覚がした。
けれど、修道女はこちらの動揺にまるで気づいていない様子だった。彼女は、私とバデーニさんの関係など知るはずもない。
ならば。
「この薬は、効果が不安定です。短期間での反応が読めないので、経過観察を細かく記録したいのです。できれば……その方の担当を、こちらに移していただけないでしょうか」
言いながら、自分の声がわずかに震えているのが分かった。
しかし、修道女はほんの少し考える素振りを見せたのち、静かに頷いた。
「分かりました。では、今夕にそちらへお連れします」