第4章 観測されざる傷
私はそれを本心から言った。だが、なぜか彼女はほっとするどころか、目を伏せた。
「私は……あなたの姿勢を尊敬しています。ただ……少し、気になるのです」
「何がだ」
「……あなたが、他者と距離を置こうとなさるのは、信念からなのか、それとも……過去の傷からなのか」
私は思わず彼女を見た。
その目は、まっすぐに私を見ていた。咎めるのではなく、探るように。触れたくて、でも傷つけたくなくて、指先でそっとなぞるような眼差しだった。
「……たとえば、もし……過去に、裏切られたり、大切な方を失ったりして。そうした経験が、あなたをひとりにしているのだとしたら……それは、あなたのせいではないと思うんです」
言葉が、胸に食い込む。
「だが、信念であっても、過去の傷でも、結果は同じだ。私は独りで研究したい。群れる必要はない」
「それが、本当にあなたの望みなら、私は何も言いません。けれど……」
彼女の言葉が続く前に、私は立ち上がった。
「もういい。……あなたも、結局あの院長と同じだ。人と協力しろだの、手を取り合えだの、そういう美辞麗句を並べて……私のやり方を否定するのか」
「私は、否定なんて……!」
「じゃあ何だ。私の傷を見て同情したか?『本当は寂しいんでしょう』とでも言いたいのか? ……勝手に決めつけるな。私は哀れまれるために、ここに来たんじゃない」
感情があふれた瞬間、扉がノックもなく開いた。
「失礼します、診察の予約を――」
街の患者だ。彼女は慌てて立ち上がったが、私はその様子を見て、胸の奥が冷たくなった。
「くそっ……もういい」
私はそう吐き捨てるように言って、診療室を出た。