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軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第3章 証拠なき契約



 ……そこに、彼がいた。

 鐘楼の傍ら、石垣のそばで、静かに夜空を見上げる後ろ姿。
 その肩の線も、立ち姿の癖も、風に揺れる外套の端までも――すべてが見慣れた、彼そのものだった。

 一瞬、胸がぎゅっと締めつけられて、呼吸が止まった。
 思いがけない再会。けれど、どこかでずっとこうなることを期待していた自分がいた。
 今夜、この場所で。新月の夜に、彼が星を見ているかもしれないと。

 それでも、本当にそこに彼がいたという現実が、まるで夢のようだった。
 涙が出そうになった。
 あまりに遠くて、声も届かない距離。けれど、姿があるというだけで、世界がまるごと優しさに包まれたような心地だった。

 懐かしくて、痛いほどに嬉しくて、そしてどうしようもなく愛おしかった。

 息を詰めながら見つめていると、彼がふとこちらを向いた。
 まるで気配に気づいたかのように、静かに視線を向ける。
 その目が、私を捉えた。

 ……目が合った瞬間、時間が止まった気がした。

 灯りも届かない夜の闇の中で、彼の表情ははっきりとは見えなかった。
 けれど、その静かなまなざしは、確かに私を見ていた。
 遠く、遠く離れていたはずの心が、たった一つの視線で繋がった気がした。

 ただ、それだけで――胸がいっぱいになった。

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