第3章 証拠なき契約
「……また、怪我ですか?」
彼女は血の滲んだ包帯が巻かれた私の腕を見て、少しだけ驚いたように戸口で瞬きし、微笑んだ。
目を合わせたときのぎこちなく柔らかい間に、私はたしかに、あの夜の続きがここにあると感じた。
「不摂生の懲罰を受けまして」
「不摂生の懲罰?一体なにを……」
「いろいろありまして」
椅子に腰を下ろし、腕の包帯をほどかれながら、私は目を伏せた。 治療の手は静かで、痛みはさほどなかった。 ただ、傷よりも言葉の方が怖かった。
けれど、言わずに帰ることはできなかった。
「あなたのことを、少し……聞いても?」
彼女の手が止まった。静寂が、室内を包んだ。
「もちろん、無理にとは言いません。無遠慮であることは重々承知です。けれど私は、あなたのことを何も知らない。それが、ふと、怖くなって」
しばらく沈黙があった。私はただ、彼女の指が再び包帯を巻きはじめるのを、じっと待った。
「私は、貴族の出です」
ポツリと呟き、包帯を巻き始める。
何故か彼女の声は静かで、どこか吹っ切れたようだった。
その言葉には、説明ではなく告白の重さがあった。