• テキストサイズ

軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第3章 証拠なき契約



「……また、怪我ですか?」

 彼女は血の滲んだ包帯が巻かれた私の腕を見て、少しだけ驚いたように戸口で瞬きし、微笑んだ。
 目を合わせたときのぎこちなく柔らかい間に、私はたしかに、あの夜の続きがここにあると感じた。

「不摂生の懲罰を受けまして」
「不摂生の懲罰?一体なにを……」
「いろいろありまして」

 椅子に腰を下ろし、腕の包帯をほどかれながら、私は目を伏せた。 治療の手は静かで、痛みはさほどなかった。 ただ、傷よりも言葉の方が怖かった。
 けれど、言わずに帰ることはできなかった。

「あなたのことを、少し……聞いても?」

 彼女の手が止まった。静寂が、室内を包んだ。

「もちろん、無理にとは言いません。無遠慮であることは重々承知です。けれど私は、あなたのことを何も知らない。それが、ふと、怖くなって」

 しばらく沈黙があった。私はただ、彼女の指が再び包帯を巻きはじめるのを、じっと待った。

「私は、貴族の出です」

 ポツリと呟き、包帯を巻き始める。
 何故か彼女の声は静かで、どこか吹っ切れたようだった。
 その言葉には、説明ではなく告白の重さがあった。

/ 84ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp